2巡目 37日間歩き遍路・旅日記 

 行程表に戻る
 

念願の四国遍路の旅立ちの日がようやく来た。
旅先の宿を野宿にするか、旅館にするか大いに迷ったが、重量の点から野宿は断念した。
それでも何があるかわからないのでシュラフだけリュックに入れた。
家を出発するとき家族のものが見送ってくれる。

空は快晴、気持ちがいい。
なんか訳もわからずに、これは「旅行ではない、旅だ」なんて思ったりしている。


 H15 (2003).10.26(日)・・第1目(快晴)・・14.5Km(20,324P)・・1番〜5番

「発心」

9:00

 南海のターミナルから徳島行きの高速バスに乗る。
3時間で徳島駅に着く。駅そばの食堂で昼食をとる。

13:30

 JR板東駅着。

14:00

 1番札所霊山寺。 

 この寺の名はここを訪れた空海がインドで釈迦如来が説法をしている光景を連想、インドの霊山を日本に移すという意味からこの名が付いたという。

ここで遍路に必要な道具を購入する。といっても2年前に車で一度回っているので菅笠と杖に掛け軸の3点だ。
1番から2番に向けて歩いていると道端のコスモスが満開だ。

霊山寺そばのコスモス畑

霊山寺
「咲いて散るのは草木の花、散って咲くのが人の花」とあぜ道の木に歌札が掛けられている。
14:30


 2番極楽寺。 

この寺には空海が植えたという長命杉が有名。

 極楽寺の長命杉

極楽寺 山門

15:20

 3番金泉寺。 

住民が水不足を訴えたので大師が井戸を掘ると水が湧き出たという。
 
3番金泉寺山門
 
3番金泉寺
16:00
 4番大日寺。

4番大日寺山門 
 
大日寺の大銀杏(樹齢800年)
16:53





 5番地蔵寺。

この寺は五百羅漢、大銀杏、水琴窟で有名。
 
5番地蔵寺山門

5番からお宿の寿食堂へ向かって歩いていると「安部さんが亡くなった」と家から電話が架かって来た。
なんで?「山」を教えてくれ山に興味を持たせてくれ、多くの山に連れて行ってくれた人だ。

また、歩いていると「お遍路さーん」「今夜食べてください」と三つも柿を御接待される。

17:54

  「民宿寿食堂」着(板野郡上板町)。

今夜の宿舎寿食堂の前まで来ると、映画のロケをやっている。なにか、遍路が題材の映画だろうか。

部屋に案内されて荷物の整理をしていると「もう一度ご協力をお願いしマース」と大声がかかるので「なにをー」と聞き返したら「シーッ 」と怒る。
要するに黙っていてくれということなのだ。
たぶん最初にロケ中静かにしてくれという説明があったのだろうけれど、ワタクシはそんなことは知らない。

今着いたばかりなのだ。
道理で店の前の道路では、通行中の車まで止められていた。 
雑音が映画の中に入るのを防いでいるのだ。
 
夜9時ころまた家からの電話で「大前さんの妹さんが死んだ」とのこと。
この遍路に発心したその日に知り合いが二人も亡くなるとは・・・。なにか、因縁を感じる。

H15 (2003).10.27(月)・・第2日目(はれ)・・23Km(35,000P)・・6番〜10番

「返送」

6:00

起床。 

昨夜は眠れなかった。機械に巻き込まれて身動きがとれずにうなされている夢を見た。
チャップリンの映画ではないが今まで会社生活の中でひとつのレールの上を機械的に強制的に歩かされてきたことの夢だろうか。

7:30

 「民宿寿食堂」
(板野郡上板町)をスタートする。
8:10


 6番安楽寺。
 
6番安楽寺山門
団体さんが大きな声でお経をあげている。それについて声を出してお経をあげる。
いつまでたってもお経は覚えられない。団体さんは暗誦できているので、立派なもんだ。

この寺の宿坊では長寿湯としてラジウム鉱石や薬草を湯船に入れて遍路の疲れを癒してくれる。
8:45


 7番十楽寺。

7番十楽寺山門 
 
越久田さんのお接待所
 8番に向けて歩いていると農家のテントが接待所になっていて「お遍路さーんどうぞ」とおばさんが呼び込んでくれる。
入れてもらうとお茶を振舞われみかんやヤクルトやらをいただく。「越久田さん」という方だ。
  −ーー暑いーーー

10:45

 8番熊谷寺。 

この寺の山門は木造では最大級で13.2Mもある。
境内では掃除しているおばさんが「歩き遍路さんですか?お昼はうどん亭へ行くといいですよ」とうどん亭を紹介してくれた。

8番熊谷寺山門 

8番熊谷寺 

 大きな山門
11:32
 9番法輪寺。

9番法輪寺山門 

13:00

10番切幡寺。 
ここの石段は333段あり結構きびしい。

10番切幡寺山門

切幡寺の石段

はたきり観音
足にマメが出来てきた。テーピングをする。

14:00

熊谷寺で紹介されたうどん亭で昼食をする。
今夜のお宿さくら旅館へ歩いていると男子の高校生に「こんにちはー」と挨拶される。
高校生からの挨拶はなかなかすがすがしく気持ちがいい、感心する。
 
途中沈下橋を渡る

17:00

「さくら旅館」(麻績郡鴨島町)着。 

荷物が重いので肩が痛い、シュラフを家に返送する。
夕食時何人かの同宿者といろいろ話し合う。

H15 (2003).10.28(火)・・第3日目(はれ)・・18.2Km(23,257P)・・11番12番

「へんろころがし」  

6:00

 目覚め。

7:10

 「さくら旅館」
(麻績郡鴨島町)をスタート。

7:50
 
 11番藤井寺着。 

名前のとおり5月の藤の花が見事だ、と。
88ヶ所の寺の名は「○○ジ」と読むがこの寺だけは「藤井デラ」と読む。

 ここから焼山寺に向けて遍路ころがしに入る。
入ってすぐには1番から88番までの札所のお地蔵さんが並んでいる。
この直後から厳しいのぼり道。

11番藤井寺山門

焼山寺への山道

ミニ八十八ヵ所のお地蔵さん
13:07
 長戸庵、柳水庵、一本杉庵をへて
 
柳水庵にて
 12番焼山寺着。

出迎え大師 

焼山寺山門

衛門三郎と空海

へんろころがしと言われるだけあって、強烈な坂道だった。
途中「あともう少し、がんばって」「もう一息」と励ましの札が木にぶら下げてあるが、なかなか着かない。大いに疲れた。

ここでさくら荘お接待の昼飯を食べようとしたらおかみさんからのラブレターが入っていた。

「この度さくら旅館をご利用いただきありがとうございました。歩いて88ヶ所巡り出来ますこと大変御幸せですね。
昨日の夕食、目的を同じくする友と話に花咲かされきっと疲れも吹っ飛んだことでしょう。
徳島で一番の難所12番焼山寺、この山道の厳しさに涙し、天気がよければ景色のすばらしさに身も心もやすらぎ疲れも吹っ飛ぶとか、
それだけに到着したときの喜びまた格別とか。
くれぐれも足共に注意してマイペースで頑張って下さいね。
徳島でしか感じられない、奈良では味わえない人々との出会い、ふれあい、思いやり、親切、
荷物にならない想い出一杯リュックにつめてお帰りくださいね。
・・・・・・」


弁当はおにぎり2個にたくあん2個だけのささやかな昼飯だったが、ラブレターに涙したね。 

13:56
焼山寺をスタート。

15:14

  「なべいわ荘」(名西郡神山町)着。 

築五年の新しいおやど、お風呂がよかったね。

夕食後、トイレで初めての人が
「藤井寺を11時に出て焼山寺に16時に着いた、ムリと言われながら5時間で着いた。」
と聞いてもいないのに話しかけてきた。

あの苦しい道を乗り切ったことを誰かに話したかったのだろう、聞いてほしかったのだろう。
「1に焼山、2にお鶴、3に太龍、へんろころがし」といわれるだけあってさすがにこたえた。

H15 (2003).10.29(水)・・第4日目(はれ)・・31.7Km(33,000P)・・13番〜17番

「通過」

5:45

 一番鳥のコケコッコーで目覚める。

6:30

 朝食。

7:00

 「なべいわ荘」(名西郡神山町)をスタート。 

最初の40分間は峠までが急登だが、あとは徳島市の市街地に鮎喰川に沿って下っていくのでまあまあの感じ。
ただし、昨日からの疲れで足にマメが出来ている。テーピングする。

何か考え事をしていたのか、13番大日寺を通り過ぎてしまった。前後1時間はロスした。
12:25
 13番大日寺。

 今日は市内の平地にある寺ばかりで数は稼げる。
 
13番大日寺
 
本堂
13:33

 14番常楽寺。

 境内や参道は流水岩がむき出しで歩きにくい。 (これがいいのかな?)

14番常楽寺 山頭火の「人生即遍路」 
14:15
 15番国分寺。

 聖武天皇が各国に設置したから、国分寺は各地にある。
 
15番国分寺
15:00
 16番観音寺。
 
16番観音寺
16:00
 17番井戸寺。

 名前の由来は大師が杖で地面を突いたら水が湧き出したところからこの名が付いた。

井戸寺の手前で昨夜トイレで話しかけてきた男に出会った。

どっしりとした井戸寺の仁王門 

?:?

「民宿松本屋」
(徳島市)着。

H15 (2003).10.30(木)・・第5日目(はれ)・・32.0Km(45,000P)・・18番〜19番

「お接待」

6:15

 起床。

7:10

 「民宿松本屋」(徳島市)をスタート。 

国道を歩いていると道は果たしてこれでいいのかな?と不安になる。
車ばかりでなかなか人間に会わない。
ようやく出会えた人に道を尋ねたら親切に教えてくれた。こんなことでも涙が出そうになる。
9:00
 道行く人は寒そうだが、歩くワタクシは暑い。

汗をふきふき歩いていると、90度腰の曲がったおばあさんがヤクルトおばさんの前で小銭袋の金を取り出そうとしている。
なかなか出ないのでイライラしているようだ。
その姿を横目にして通り過ぎるとヤクルトおばさんが
「あーっ、行ってしまったー。」「・・・?」ワタクシのことだったのだ。

きっとワタクシにお接待をしようとヤクルトを買おうとしていたのだろう。

立ち止まろうかな、とも考えたがなんとなくもの欲しそうに思えたのでそのままスタスタ歩いていった。

90度腰の曲がったおばあさんが年のためか出そうとしてもなかなか出てこない小銭、接待しようと思うその気持ち、考えたら涙が出てとまらなかった。

町中の金刀比羅神社
12:00
  18番恩山寺。

この地に義経が上陸したそうな。

義経上陸の地 
 
18番恩山寺
13:00
 19番立江寺。

 札幌の大畑さん「マメだらけでテーピングをして、靴を買い換えた」と言っていた。

19番立江寺 

14:48

 鶴林寺手前4Kmの峠の茶屋でうどんの昼食。

16:20

 「民宿金子や」
(勝浦郡勝浦町)着。
H15 (2003).10.31(金)・・第6日目(はれ)・・22.2Km(33,000P)・・20番〜22番

「ハス」

5:35

目覚め。昨日夕食に刺身が出たが、そのツマに穴が沢山ある野菜がついていた。「これはなに?」と聞いたら「ハスです。
こちらではこれを付けることになってます。」と。
このあたりでは刺身のツマは大根ではなくハスなのだ。

7:15

 「民宿金子や」(勝浦郡勝浦町)スタート。
9:11
  20番鶴林寺。 
遍路ころがしの二番手。

登りつめたら、バスの団体で廻っているお遍路さんの一団から女性が一人ワタクシに近寄ってきて
「わたしも1番から10番まで歩いたことがあるけれど、それはもう大変でした。
あなたもがんばってください。」とアメ玉をお接待してくれた。
お遍路さんからお接待されるのは初めてだ。
 
20番鶴林寺山門
 
鶴林寺の鶴
 
11:50
  21番太龍寺。

遍路ころがしの三番手。

21番太龍寺山門 
 
太龍寺の天井絵

 強烈な6.5Kmだった。

途中富山から来たという野宿へんろさん「野宿で逆打ちしている。
これから2Kmがキビシイぞ」と言っていたが、まさにその通り。全身汗だらけ。
「昨日の朝は野宿していて犬に顔をなめられて目が覚めた。」なんて言っている。
逆打ちはキビシイと言われているのにそれを野宿でやるとは・・・。すごい男がいたもんだ。

 太龍寺ではあまり暑いので裸になって、握り飯を食べていたら、団体を案内している先達さんが
「歩き遍路ですか?いつから発ったのですか?どこから来たのですか?」
とかいろいろ話しかけてきて、最後に「お接待です」と大枚千円も接待してくれた。

 21番から22番までが長い。途中高知から来ている、という野宿さんは「農園で使う四輪車に沢山の荷物を積んで歩いている。
まあ、コーヒーでも飲んでいけや。車では何度も廻っているがやはり遍路は歩かんとなあ」と。
かなり疲れているのでお言葉に甘えコーヒ−をいただく。
こんな遍路にあこがれる。

 22番まであと3.5Km位のところで遍路道が分かれていて、わかりにくいので近くの畑の奥さんに道を尋ねたら親切に教えてくれ、
その上お接待にジュースをくれた。

 しばらくするとノラ犬がついて来るので、先ほどのジュースを舐めさせたりしたら桃太郎の話を思い出させるようにドンドン案内するように付いて来る。
誰もいないところでの一人歩き、いい友が出来た。
16:15
 22番平等寺。

 寺に着いたら先ほどの犬、お寺の人に「シッシ、シッシ」と追っぱわれてしまった。かわいそうに・・・。

平等寺の前にはお接待として無料の遍路宿があり先ほどの高知の野宿遍路も着いていた。
 
22番平等寺

16:45

寺の前の「民宿山茶花」(阿南市新野町)に投宿。

H15 (2003).11.1(土)・・第7日目(はれ)・・43.8Km(60,000P)・・23番

「肩痛」

6:30
 
 起床。 
昨夜は静岡から来たという静岡氏とあとから到着した札幌の大畑さんと舞い上がってしまった。
どれだけ飲んだだろう。話し相手とウマが合うとつい飲んでしまう。

彼女は「12月4日までには結願したい、今日で4日目だ」と言っていた。
この女性もスゴイ健脚、昨日は道を間違えてあのキビシイ太龍寺を二度も上り下りしたらしい。
今朝は5時頃宿を出て行った。エライもんだ。

7:40

 「民宿山茶花」(阿南市新野町)スタート。 

ただひたすら国道55号を歩く。途中犬がうずくまっている。交通事故で車にでも轢かれたのだろう。かわいそうに・・・。
13:40
 23番薬王寺。

 この寺の石段には男厄坂と女厄坂があり、それぞれに厄除けに1円玉が一杯置かれている。

23番薬王寺 

?:?

 牟岐駅まえの「民宿あずま」(海部郡牟岐町)着。 

よく歩いた。とても疲れた。肩が痛い。強烈に痛い。死ぬほど痛い。
無理してずいぶん歩いた、リュックが重かったのだろう。いらない荷物をリュックとともにまた返送する。
宿の前のスーパーで安物の小さなリュックを買う。明日からは身軽で行こうと決心する。

夕食時、札幌の大畑さんが着いた。民宿あずまでは我々二人だけの泊まりだ。
肩があまりにも痛いのでおかみさんに「肩が痛い、痛い」と訴えると親切に湿布を貼ってくれた上に「帰れ、帰れ。帰ったほうがいいよ。」と言ってくれる。

H15 (2003).11.2(日)・・第8日目(はれ)・・29Km(43,000P) ・・寺なし

「修行の道場」

7:50

 「民宿あずま」(海部郡牟岐町)をスタート。 

いよいよ修業の道場だ。
これから室戸岬までエンエンと海岸沿いが続くのだろう。カタがイタイ。
国道55号線をエンエンと歩く。 海部町で昼食。カタが痛い。

愛宕山のあたりダイバー・サーファー・釣り人等海の遊び人が大勢いる。

日和佐海岸のサーファー

23番と24番の中間点

15:30

 東洋大師そばで雨が降ってきたので、「まるたや旅館」(安芸郡東洋町)に投宿。 

ほかに4人のグループが泊まっている。うち一人は足が痛いのかビッコを引いている。よほどの痛さのようだ。
この頃からだろうか?へんろにいろんな傷害・障害が出てくるのは・・・。

H15(2003).11.3(月)・・第9日目(あめ)・・29.3Km(43,000P)・・寺なし

「激痛」

6:00

 起床。 
一昨夜「あずま」では肩の激痛で一睡も出来なかったが、昨夜は少し眠れた。
とはいえイタイ。横になると特に痛さが増す。いつになったらこの痛みは取れるのか?

7:00

 「まるたや旅館」
(安芸郡東洋町)スタート。

11:50

 ドライブイン「夫婦岩」で昼食。

 朝からズーッとあめ。
14:30
  終日あめ。

 今日はひとりのお遍路にも出会わない。
発心の道場ではそれぞれ寺〜寺間で顔なじみが出来、抜きつ抜かれつそれなりに楽しかった。

修行の道場に入ったとたんに雨はよく降るは、カタの激痛に悩まされるは、グチをこぼす相手はいないわ、正に“修業道場”だ。

?:?

 最御崎寺手前「民宿ロッヂ室戸岬」(室戸市室戸岬町)に投宿。

18:30

 就寝するも肩痛ヒドク寝られない。明日はどこかの医者に飛び込もう。

20:30

 激痛・激痛。

H15(2003).11.4(火)・・第10日目(はれ)・・47.4Km(66,000P)・・24番〜26番

「対話」 

6:30

 起床。

8:00

 「民宿ロッヂ室戸岬」
(室戸市室戸岬町)をスタート。

 ここの若主人がやはり肩が痛い病気で手術したことがあるらしく、肩痛にかかわる色んなことを教えてくれた。

 
 
9:15


  24番最御崎寺。

 あまり痛いので、一旦帰る、と決断したが「少し調子が良い。」と民宿の奥さんに言ったら「24・25・26番くらい廻れますか?一旦帰ってまた来るにしても、今回26番まで廻っておいたほうが次が楽ですよ。」と言うので、もうひとがんばりすることにする。
 
24番最御崎寺
10:15
 歩いていたら「宇賀クリニック」の看板があったので、飛び込んで注射を打ってもらう。

紀貫之碑 
12:00
 海辺から少し入って
 
 25番津照寺。
 
 25番津照寺
14:00








  26番金剛頂寺。
 
26番金剛頂寺
 



 すごい坂の上り道。歩きながら、弘法大師との対話。

 ワタクシ「11月の1日・2日・3日の三晩は肩痛で参りました。」
大師「それが修行というもんじゃ。」
 ワタクシ「でも、ちょっとひどすぎるのでは・・・?」
大師「今までの悪行の報いだ、その人その人に応じた報いの修行を与えている。今まで重ねてきた悪行を思い出すが良い。」
 ワタクシ「この修行を乗り越えればあとは楽なのですね。」
大師「その通り。悪行をまたやってしまったら、また四国遍路に来ると良い。」・・・

?:?

 「民宿浜吉屋」
(安芸郡安田町)に投宿。
注射を打ってもらって元気が出た。遅れを取り戻そうと今日はずいぶん歩いた。

H15(2003).11.5(水)・・第11日目(くもり後あめ)・・38Km(55,000P)・・27番

「お経男」 

5:30
 
 起床。

 せんべい布団1枚の夜だった。これも修行と我慢した。
それよりも今朝は4時から隣の部屋の61歳の男、大きな声でお経をあげてくれるではないか!せっかく肩の痛みがやわらぎユックリ寝かせてもらおうと思っているのに・・・。参るね、これも修行?

6:50

 「民宿浜吉屋」
(安芸郡安田町)を空身でスタート。
7:48
  27番神峯寺。
 
27番神峯寺

9:00

 「民宿浜吉屋」帰着。同時リュックを担いでスタート。

10:00

途中のDIYで防水スプレーを買って雨具に吹き付ける。
大丈夫と信じていたゴアテックスの雨具が先日の雨ではビッショリ濡れて「なにがゴアだ!」と怒りたい気分だったので・・・。
国道歩きでつらいけれど南国調の風景に心和む大山岬を進む。
13:00

土佐の名水神峯の水 

大山岬

安芸漁港、日本一高い防波堤

15:00

 また雨が降ってきた。先ほど吹き付けた防水スプレーの効果は最初のうちだけ、すぐ濡れてくる。

?:?

 「旅館かとり」
(香美郡野市町)に投宿。今朝の「4時からお経男」が先着していた。

H15(2003).11.6(木)・・第12日目(あめ)・・27.3Km(40,000P)・・28番、29番、30番

「暑い」 

7:35

 「旅館かとり」
(香美郡野市町)。

午前中、雨が降るとの天気予報なのに降ってないので喜んでいたら、やはり当たって降ってきた。その上、暑い、ムシ暑い。カッパを着てるとよけい暑い。肩も痛い。
8:40








 28番大日寺。

 農道を歩く、たんぼの川の水がとてもきれい。
四国の川は大きい川も小さい川も水がとてもきれい。本当に気持ちが良い。

 川にカゴを入れてカニを獲っているオジさんもいる。

降ったりやんだり、ムシ暑いいやな日だ。

修行の道場に入ってからツライ毎日が続く。

28番大日寺 

11:30











  
 29番国分寺。

 つかれたー。

 この寺のコケは見事。手入れをしているおばさんに「見事ですね」とほめたら「ありがとう」といい、日ごろの手入れの難しさを話してくれた。

 へんろ農道を歩く、腹がへってきた。店が見当たらない。心細くなる。腹がへるのを我慢するのもこれまた修行か。

田舎スーパーが見えた、メシを買う、食う。

旅館「サンピア高知」に宿の予約をいれると、「あいにく満室です」と。困った。

29番国分寺 

14:20

 雨の中30番善楽寺着。

 ここは神仏混交の名残で土佐神社と同居している。

土佐神社

30番善楽寺 
 納経の時、「サンピア高知が満員ですと言われました」、と住職の奥さんに言ったら「ビジネスホテル空港」を教えてくれた。
地図を書いてくれたのに分からなくて道に迷い余計疲れた。
途中野宿へんろの若者に会った。久しぶりのお遍路さんでお互いなんだかんだ話し合った。
 16:20  「ビジネスホテル空港」(高知市高須町)着。

H15(2003).11.7(金)・・13日目(はれ)・・33.2Km(47,482P)・・31番〜34番

「追っかけ接待」 

5:45

 起床。昨日から高知市入りした。チンチン電車が走っていた。

7:10

 「ビジネスホテル空港」(高知市高須町)スタート。
8:10


 31番竹林寺。

 汗だらけで山に登ると五台山そのものが植物園となっている。牧野博士発見の草木が沢山ある。

31番竹林寺
10:05
 32番禅師峯寺。

山登り、暑い。米のポン菓子をお接待にもらう。
 
武市半平太の旧宅案内板

32番禅師峰寺

11:30頃

 渡し場そばのマリン病院前で、竹林寺の檀家の奥さんが息を切らしながら走って追っかけてきて「お接待です。」と300円くれた。走ってまで・・・!。
12:10
  浦戸湾の渡し場。県営で無料。

渡し場
12:40
 33番雪渓寺。

 歩いていると近所の奥さんが「そちらよりもこちらが近道ですよ。」と教えてくれ柿のお接待にあずかった。

33番雪渓寺 
14:40
 34番種間寺。
 
74番種間寺

16:40

 「喜久屋旅館」
(土佐市高岡)着。 

 疲れた。札幌の女性大畑さんが昨日泊まった、と。大畑さんとは7日目11月1日に「山茶花」で意気投合した女性だ。彼女の早足はものすごい。もう丸1日の差がついている。

H15(2003).11.8(土)・・14日目(はれ)・・40.9Km(55,000P)・・35番・36番

「空身」 

7:00

 「喜久屋旅館」
(土佐市高岡)スタート。

 空身でブンタン・みかん畑を登る、またまた汗だくの山登り。海抜400Mの位置にあるそうな。
7:45
  35番清滝寺。

 このお寺では納経時にお接待にボールペンを頂いた。
宇佐大橋のたもとのドライブイブイン大橋で昼飯、ここに荷物を預かってもらい空身で36番へ往復。大橋をわたり海岸沿いを歩くと、

35番清滝寺山門 

35番清滝寺山門 

12:10
 
36番青龍寺。


急な石段に団体さんがフーフー言っている。

土佐のブンタン



宇佐大橋

36番青龍寺
 喜久屋のおかみさんに紹介された「さざなみ」に宿泊を申し込んだら、満員で断られたため一歩先に延ばし、

?:?


 「ビジネス旅館にしむら」(須崎市大間東)で投宿。 

結構無理して随分歩いたね。あまり無理しないほうが良い。

 夕食のとき、「選挙管理委員会からお知らせします。明日は衆議員の選挙日です。そろって選挙に行きましょう!」
と町内放送で呼びかけている。
お遍路していると、世間の動きにはトンと疎い。新聞、テレビをほとんど見ない。関心のあるのはテレビの天気予報だけ。

H15(2003).11.9(日)・・第15日目(くもり)・・32Km(46,584P)・・37番

「七子峠」
 

7:00

 「ビジネス旅館にしむら」
(須崎市大間東)をスタート。 

 国道56号をタダタダ歩く。トンネルがいくつかあるが非常に怖い。車とすれ違うとき、車の風圧に飛ばされそうになる。
峠を越えると須崎市とおさらば。
9:15
 焼坂休憩所。

道しるべ 

11:00

 七子峠坂の上りにかかる。
 三大遍路ころがしには入っていないが強烈な上り坂、転がり落ちそうなほどキビシイ、参ったね。

14:45、七子峠着。ここから窪川町に入る。昼食。昼食後「伊予屋」に泊まりのお願いをすると「夕食なしの素泊まりでいいか?」というので、夕飯はお宿でくつろいで食べたいから「民宿村の家」に予約する。

16:00

 「民宿村の家」
(高岡郡窪川町)着。

16:20
 
 37番岩本寺
。往復。
 
37番岩本寺

岩本寺天井の色彩豊かな絵

H15(2003).11.10(日)・・第16日目(あめ)・・31.5Km(49,648P)・・寺なし
                             
「事件」 

7:10

 「民宿村の家」(高岡郡窪川町)をスタート。 

 8時過ぎ自転車の若者が雨の中、ワタクシを追い越していく。と、自転車を止めてカッパを着始めた。
「オッス!」 「こんにちわ。」
「どこから?」 「滋賀県の彦根ってとこからです。」
「エーッおれの出身地だ。」 「へー!おいくつですか?」
「62歳だ」 「エーッ!」
62歳だからといって別に 「エーッ!」はないとも思うが。

8:25頃鬱蒼とした遍路道 何も見えない

熊井トンネルの説明

熊井トンネル

11:30

 雨の中を歩いていると、10日目の番「浜吉屋」で一緒だったあの「4時からお経男」がマロを追い越していった。

11:55

 佐賀町「喫茶散歩道」で昼食。

15:30

 「民宿○○○」着。 

 部屋に入ってお茶飲んで、思いのほか早く宿に着いたので、今日はゆっくり浸って疲れを取ろうとお風呂に入っていると
「ガラガラーッ」「入ってよろしいですか?」と顔をのぞかせている女性。二人いる。
こちらは一人。「入ってくるな。」とも大人気なく男らしくないと思い「ど、どうぞ!」と言ってしまった。
本当に入ってくるではないか。年のころ50歳前後と見た。どう見ても素人奥さんだ。お遍路に素人も玄人もないと思うが・・・。

ワタクシが湯船に浸かっていると、二人の女性横向いて体を洗い出した。
せっかくの眺めだからコッソリ鑑賞させていただく。なかなかいい体をしている。
いろいろ想像しながら眺めていると・・・。
「どこから来たのですか?」「ハー、奈良のほうから・・・。」
「私たちは岡山からですのよ。」
とかなんとか話しているとすっかりのぼせ上がったので、モッタイナイ気がしたが「お先に・・・。」と上がってしまった。
やはりモッタイナイ。

部屋に帰って、手帳に今日のこと等をまとめていて、「ハッ。」と気がついた。
「シマッタ。」予約していた宿は「○○○」ではなく「民宿日の出」だった。
へんろのお宿案内の本にこの二つの宿が並んでおり、ここで架けた電話番号を間違えたことに気がついた。
「○○○」の奥さんに事情を言ったら快く了承してくれた。
即、「民宿日の出」(幡多郡大方町)へ引っ越す。

 しかし、どうして民宿○○○ではマロの名前を確認してくれなかったのかな?

18:00

 民宿「日の出」で夕食。ビールを飲む。食事中もう一本欲しいが、食事の部屋はワタクシ一人。
廊下にビールの自動販売機が置いてあったので、ビールを買いに行き部屋へ帰ってきたら、「アレーッ!」食膳がない。

「部外者立ち入り禁止」とある厨房へ行き「膳がない」と言うと「まだ済んでなかったのですか?」だって。
食膳のようすで食事が終わったか終わっていないか分からないものかな。

息子が「すみません。親父が下げてしまったようです、おーい、親父、あやまれ。」
「終わったと思ったから下げたんや、何が悪い、わしはあやまらんぞ。」
・・・スッタモンダ・・・

いくらなんでも、こんなお宿はないだろう。
このホームページをご覧になった方は絶対に「民宿日の出」にはお泊りにならないように。
こんなことなら最初から「○○○」でいい思いをさせてもらったほうが良かったのに・・・。
H15(2003).11.11(火)・・第17日目(はれ)・・31Km(40,000P)・・寺なし

「清流四万十川」 

7:35

 「民宿日の出」
(幡多郡大方町)昨日の問題の親父は顔を見せず、ほかの方のお見送りでスタート。

10:45

 四万十大橋、悠々と流れる大河、この光景は人間の心を和ませる。ぜひとも残したい日本の光景だと思う。

清流四万十川

清流を大切にと小学生の絵

11:45

 通りがかりのめしや「田子作」でうどんの昼食。

15:00

 「安宿旅館」
(土佐清水市下ノ加江)着。

18:00

 夕食。

 久しぶりにお遍路さんが大勢集まり、話がはずんだ。夫婦連れ2組、北九州から来た遍路、地元の人等みな打ち解けてしまってまた飲みすぎた。
一組の夫婦連れは夫は歩き、妻は車で伴走しているのだとか。こんな方法もあるのだ。

H15(2003).11.12(水)・・第18日目(はれ)・・25Km(35,500P)・・38番

「ウミガメ」


7:00

 「安宿旅館」(土佐清水市下ノ加江)スタート。 

 昨夜は足が痛いと言うお遍路さんに、宿の亭主が「靴のひもを先の方はゆるめて足首のほうだけしっかり結べ。」
としつこいほど教えていたので、ワタクシもそのようにして歩く。
昨日から少し涼しくなってきたように思う。快適だ。

8:40

 大岐の浜辺を歩く。ウミガメの産卵場所だ。
以布利漁港でアメリカ・カリフォルニアの男性。「ハーイ。」「ハーイ。」
「今日は38番から着ました、39番へ向かいます。」「仏教に興味があるのですか?「ええ、修行です。」

窪津漁港で昼飯にかやくごはんとむしパンを買う。

11:30

浜沿いの国道を歩いていると、神戸の長田から来たという夫婦連れと抜きつ抜かれつ歩き、なんとなく一緒に昼飯を食う。
名前を「礒崎さん」といって、お札をいただいた。

また、高知の海岸沿いを歩く。金剛福寺7Km手前に善根宿。
トイレ・毛布・水まで用意されているではないか。

13:15

 金剛福寺
着。

 先ほどの神戸の礒崎さんはここから一旦神戸に帰るのだという。写真を撮ってもらった。

大岐の浜

金剛福寺手前の善根宿

金剛福寺にて

14:15
 
 「民宿福田屋」(土佐清水市足摺岬)着。 

 夕刻、横浜の夫妻が来た。
「レンタカーで高知から廻ってきた。明日は高松から帰る。四万十川の遊覧船が良かった。」と言っていた。
 
H15(2003).11.13(木)・・第19日目(はれ)・・30Km(41,153P)・・寺なし


「拝まれる」

7:00

 「民宿福田屋」
(土佐清水市足摺岬)スタート。

 お昼ごはんにと焼きおにぎりのお接待を受ける。このお宿は前面に海がパーッと見えて気持ちがいい。

9:00

 ジョン万次郎生誕の地。農家の奥さんがマロに向かって立ち止まり、両手を合わせて拝んでくれる。
彼女はマロに弘法大師を見ているらしいが・・・。なんだか面はゆい。

10:15

サニーマートで焼きおにぎりのお昼のおかずを購入。

11:15

 以布利港。
12:30




 大岐の浜、歩き遍路に会う。

彼いわく「ここの距離は中途半端だ、40Kmごとに宿があるとよいのに・・・。」

人をつかまえ、つかまえられ、立ち止まって話し合うのは休憩になってちょうど良い。
 
大岐の浜

13:00
 
 また歩き遍路に会う。いま、気づいたけれどお遍路さんはみんないい顔してるね。笑顔がすばらしい。

13:30

 国道のカーブのところで、警官がなにか取締りをしている。消防車もある。「何の取締りですか?」「危険物、プロパンとかオイルとか、我々は引き込みで検査は消防がする。」と。「ご苦労様。」「お気をつけて・・・」

14:10

 「民宿安宿」
(土佐清水市下ノ加江)着。

H15(2003).11.14(金)・・第20日目(はれ)・・30Km(43,107P)・・39番


「金の札」 

6:45


  「民宿安宿」(土佐清水市下ノ加江)スタート。

 2時間ほど歩いたところにへんろ小屋。

へんろ小屋 

10:15

 下長谷城跡、おばあさんがしゃがみこんでお宮の境内の掃除をしている。「ごくろうさま。」「何もお役に立つことがないので、こんなことでもさせてもらっています。」と。

11:15

 三原町役場。
14:00








 39番延光寺

本堂の前で女性のお遍路さんに、

「歩きですか?ごくろうさま。このお札を差し上げます。」と。

金のお札をくれて、金のお札についての説明や「死んだときに棺おけに入れてもらいなさい。」とかいろいろ教えてくれた。

因みに50回以上廻った人がこの金色のお札を使う。
 
39番延光寺

14:30

「へんくつや」
(宿毛市平田町)に投宿。

 この宿、お風呂が岩風呂風になっている。入り口には角度と見方によっては仏様に見える岩がある。
宿の親父は椿の種を絞って、椿油を作りビンに入れて並べている。

H15(2003).11.15(土)・・第21日目(あめ)・・31Km(39,001P)・・40番


「菩提の道場」 

6:40

 「へんくつや」
(宿毛市平田町)スタート。
9:55
  「ぜひまた高知へ」の看板を見て、いよいよ「修行の道場」から「菩提の道場」の愛媛県へ。

ぜひまた高知へ 
14:45
 どしゃぶりの中40番観自在寺着。
 
40番観自在寺

15:25

 「ビジネスホテルプラザ御荘」
(南宇和郡御荘町)着。
 
H15(2003).11.16(日)・・第22日目(はれ)・・37Km(39,001P)・・寺なし


「ゴミ捨て場」

7:30

 「ビジネスホテルプラザ御荘」
(南宇和郡御荘町)スタート。

10:00

 津島町でみかんのお接待をうける。

10:30

 旧松尾トンネルを15分かけて抜ける。

 旧国道松尾トンネルの道は良かった。新国道トンネルは車がビュンビュン飛ばし、排ガスが充満し大変らしい。
 旧国道は殆ど車が通らなかった。替わりに道端にはゴミの山でウンザリさせられたが・・・。この「四国のへんろ道を世界遺産に」という運動があるらしいけれどこのゴミを何とかしないことにはね〜。

 「祝森」からまた56号線に合流し市街地を歩くと宇和島城の麓の宇和島市内に、ここで

?:?

 「民宿みはら」
(宇和島市丸の内)に投宿。

 この宿では二人連れの釣り客と同宿になった。倉敷からグレ釣りに来たと言う。グレはここまで来ないとダメだそうだ。
 
H15(2003).11.17(月)・・第23日目(はれ)・・30Km(42,684P)・・41番〜43番


「ヒゲ」

7:00

 「みはら」のおかみさん「あさは早くて7時ですよ。」と夕べから念を押されていた。
今までの宿では客の都合を聞いて朝の準備をしてくれたのに、ここでは客が宿のおかみさんに都合をあわせる。

7:40

 「民宿みはら」
(宇和島市丸の内)スタート。

 おかげでスタートが遅くなった。朝のほうが歩くには距離が稼げるので、こんなにスタートが遅いと損した気になる。
9:45




 41番龍光寺。

 ここの住職さん、「88カ寺で仏の絵を描くのはワシ一人だ。」と。上手に仏の絵を描いている。

 この寺の裏から遍路道に入り、

41番龍光寺
10:50




  42番仏木寺

 しばらく市街地を歩いていたので久しぶりにへんろ道を歩き歯長峠越えした。

 ツタのツルを採っている人がいた。「リースを作るのだ。」と。
クリスマス用に作るのだろう。
 
42番仏木寺
14:30

  43番明石寺

 この寺、地の人は「あげいしさん」と呼ぶらしい。

43番明石寺 

15:30
 
 国道を歩いていて四万十ののり煎餅一袋のお接待。
このお接待、なんせ量が多すぎてなかなか食べきれない。

16:30

 「宇和パークビジネスホテル」
(東宇和郡宇和町)。
家を出てから一度も剃っていないヒゲが1センチ位伸びて、邪魔に感じるようになったので風呂で剃る。面白半分にアゴだけ残す。これもなかなかいいぞ。

H15(2003).11.18(火)・・第24日目(はれ)・・49.9Km(66,000P)・・寺なし


「初霜」 

7:15

 「宇和パークビジネスホテル」(東宇和郡宇和町)スタート。 

 寒い。歩き始めたらとても寒い。冷たい。上着の下はパンツとシャツだけ。とても寒い。
畑には霜が下りている。まもなくの冬を感じる。

足のほうは快調だ、この調子なら60Kmでも70kmでも歩けるぞと思える。(朝のうちだけ)。
午後になると毎日のことだが、あの朝の元気はどこへいったの?と自問するくらいシュンとなって足の速度が落ちる。
宇和から鳥越峠を越えると大洲市だ。

10:15

 大洲市入り。コンビニで手袋を買う。手袋をするとずいぶん暖かい。

12:45

 十夜が橋。 

 弘法大師がこの橋の下で一夜を過ごした際、あまりの寂しさに一夜が十夜に思うほど長く感じられたところからこの名が付いた。
と。
 また、「橋を渡るときに杖を突くなというのは弘法大師の睡眠を邪魔するなとの戒めから」だそうな。

十夜が橋の説明

十夜が橋の栄福寺

15:00

 町のおばさんに「ジュースでも買って。」と150円のお接待。

?:?

 「高橋旅館」(上浮穴郡小田町)着

H15(2003).11.19(木)・・第25日目(あめ)・・35Km(51,145P)・・45番


「醍醐味」 

7:00

 「高橋旅館」(上浮穴郡小田町)スタート。 

「急ぐことないよ、ユックリ行きなさいね」とおかみさんに言われた。
きのうは歩きすぎた。
無茶をしてはいけないと思いながらちょっと調子が良いと思うと、ついがんばり過ぎてしまう。

8:24

 三島神社、野宿に最適。この道、野宿にうってつけの感じのところが沢山ある。

三島神社・野宿が出来る

この時期にさくら

9:30

 トンネルを過ぎた道端の桜の木に花が咲いている。 

 へんろ用の東屋に野宿へんろが休んでいる。
 「こんにちわ!」「どちらから?」「福山からです。」「大きな荷物ですね〜。
何キロぐらい?」「20キロです。」で、しばらく一緒に歩いたが、なんとなんと彼の足の速いこと!
空身同然の俺の足を引き離しグングン差をつけていく。
付いていけない。恐ろしい男がいたもんだ。彼は20歳代か?

9:40

 民家の前に立って托鉢をやっている奴もいた。初めて見た。
12:00
  へんろ山道に入る。
 
遍路道
13:56
  44番と45番の分岐点。
 
分岐点 45番を先に打つ
14:35


 45番岩屋寺の奥の院・行場、不動明王。せり割り。

奥の院、不動明王

行場、せり割り

14:38
 
 45番岩屋寺
着。

 「東京から嫁に来て60年になる。」という近所の80歳のオバさんにみかん2個のお接待。これくらいの量がちょうどいい。袋一杯は困る。
 彼女、岩屋寺の山の岩を指差して「我が家から年に数回、あの岩にお日様が当たると仏様が見える。ありがたいところに住まわせてもらっている。」と。

45番岩屋寺 

45番岩屋寺 

15:45

 「国民宿舎・古岩屋荘」
(上浮穴郡久万町)着。

 今日は44番の前に45番から逆打ちし岩屋寺の裏から登ったのは正解だった。すばらしい景色。歩きへんろだから味わえるこの醍醐味!

 国民宿舎のお風呂から上がると今朝の福山の野宿へんろがお風呂へ入っていった。「野宿ばかりでは汚いのでこんなお風呂に入れる施設は利用しているんだ。」と。

H15(2003).11.20(木)・・第26日目(あめ)・・33.4Km(53,000P)・・44番・46番〜49番

「たかのこ温泉」 

7:40

 「古岩屋荘」
(上浮穴郡久万町)雨の中スタート。
8:00

 44番太宝寺

 大きな山門に大きなワラジ。

44番太宝寺 
10:24
 皿ケ嶺登山口休憩所、野宿に適。
 
10:40  
 三坂峠、久万街道、快適なへんろくだり坂道。

鍋割坂

久万街道
11:35
  おへんろさんの道の駅。

石屋さんの善意の道の駅 
13:00
  46番浄瑠璃寺

 住職の奥さんに今晩の泊りに「たかのこ温泉」を薦められる。

46番浄瑠璃寺 
13:40
 47番八坂寺
 
47番八坂寺
14:00
 衛門三郎の菩提所
 
衛門三郎の菩提所
15:00
  48番西林寺
 
48番西林寺
16:00
  49番浄土寺
 
49番浄土寺


16:30
 
「たかのこ温泉」
(松山市鷹の子町)。

H15(2003).11.21(金)・・第27日目(くもり)・・39Km(57,384P)・・50番〜53番


「マツタケ」
 

7:30

  「たかのこ温泉」(松山市鷹の子町)スタート。 

昨日はかなりの距離を歩いたが、途中東屋・休憩所がたくさんあり、へんろ山道あり、衛門三郎の菩提所あり最高のコースだった。
また昨夜の宿は46番の住職夫人が薦めただけあって、すばらしい温泉だった。
8:00

 50番繁多寺

 松山市街地を歩く。
 
50番繁多寺
8:40




 51番石手寺

 市街地にあり、門前は市となっている。

 参拝客も非常に多い。

石手山上のお大師さん

石手寺参道
9:18
 道後温泉。町の通りは賑やかだ。夕方になったらもっと賑やかだろう。
 
道後温泉
11:40
 52番太山寺
 
52番太山寺
12:30
 53番円明寺

53番円明寺 
14:45
  町を歩いていると民家に大きなサボテン。暖かい土地柄だからか。
 
大きなサボテン

15:20

 みかんのお接待、また道を間違えて1時間のロス。

15:50

   「民宿コスタブランカ」(北条市浅海原)着。 
 おかみさん「コスタブランカとは白い砂浜っていう意味です。」と。
夕食の水炊きには大きなマツタケが入っていた。
久しぶりのマツタケ!刺身にはアワビが・・・。珍味でオイラはご満悦。宿賃も安い。

H15(2003).11.22(土)・・第28日目(くもり)・・39Km(51,000P)・・54番〜59番


「あせり」 

7:30

 「民宿コスタブランカ」(北条市浅海原)スタート。

寒い、しっかり着込んで歩く。
瓦の町菊間町の浜辺とタオル・造船の町今治に入るとほどなく延命寺に着く。
10:00
 54番延命寺
 
54番延命寺
11:00
 55番南光坊

 55番南光坊
12:00
 56番泰山寺
 
56番泰山寺
13:00

 57番永福寺

 しんどいへんろ道をあるいて

57番永福寺 
13:45
 58番仙遊寺
 
58番仙遊寺
15:45







 59番国分寺

 この山もしんどかった。

59番国分寺 
明日は石鎚山の横峰寺かと思うと、今日のうちに少しでも近づいておきたい。
今日行けるところまで行ってからお宿を予約しようと3時を過ぎてから宿に電話をすると
「満員です」別のお宿も「満員です」と断られ
歩いているうちにお宿は取れるだろうかと不安になってくる。
あせってくる。そうなんだ、今日は連休初日で旅行客が結構いるんだ。

・・・幸い、「ホテル橘別館」が取れた。

17:00

「ホテル橘別館」
(今治市湯の浦)着。

H15(2003).11.23(日)・・第29日目(くもり)・・36.6Km(48,000P)・・61番・60番


「いのしし」 

7:00

 「ホテル橘別館」(今治市湯ノ浦)スタート。

 国道196号を歩く。石鎚山が遠望できる。道沿いにラクダを飼っているラクダ園がある。

うっすらと石鎚山が

ラクダ園
11:00




 61番香園寺

 コンクリート造りの巨大な建物。

これお寺?61番香園寺 
 これから横峰寺に向かう。
山道に「時と金 かけて歩くは へんろみち この痛み この疲れこそ ありがたきかな」
ところどころ、札が木にぶら下げられている。
途中でまたあの「4時からお経男」に出会った。彼は横峰寺から降りてきたところだ。
13:40






 60番横峰寺

 石鎚山の中腹標高700Mのところにある。頂上は雪らしい。

 福山のあの早足の野宿男にも出会った「JR伊予三芳駅で寝る。」と言っていた。

 岩屋寺で一緒だったノッポへんろにも出会った。

 56番で一緒だった夫婦へんろにも出会った。
 
60番横峰寺

15:00

 鉄砲打ちに出会った。
「何を撃つのですか?」「いのしし。」「いのししが出るのですか?」
「仲間が撃って手負いにさせたから危険でねー、見つけて撃ってしまわないと・・・。」と。
また、べつの鉄砲うちに出会った。
この男「今日は70キロのヤツをすでに1頭やっつけた。
これからさばいてみんなで食うのだ。」と言っていた。

16:20

 香園寺宿坊
着。

 あさ、今晩の宿を予約したおいたので、今宵は寺の宿坊泊りとなる。

18:00

 お勤めを済ませて夕食。

 今日で49日目だという東京の夫婦連れと大分の阿南さん(女の一人へんろ)と共に。

H15(2003).11.24(月)・・第30日目(くもり)・・36Km(55,631P)・・62番〜64番

「学生のアベックへんろ」 

6:20

 香園寺宿坊
をスタート。
6:40
 62番宝寿寺

 JRいよ小松駅そば、納経は7時からのため時間待ち。

62番宝寿寺 
7:30

 63番吉祥寺

 福山の早足野宿男に又会う。
 
63番吉祥寺
8:30


 64番前神寺

 国道11号に平行したへんろ道をエンエンと歩く。

 前神寺山門

64番前神寺

11:40

 オバさんに「お賽銭をあげましょ。」と200円もらう。別のオバさんにあめだまのお接待。


 学生のアベック野宿へんろと抜きつ抜かれつ「今日で一月半だ。」と。一月半?なにして歩いてるの?

15:45

 「松屋旅館」
(宇摩郡土居町)着。
 
H15(2003).11.25(火)・・第31日目(はれ)・・35Km(45,532P)・・65番


「涅槃の道場」

7:00

 「松屋旅館」
(宇摩郡土居町)スタート。

9:30

 伊予三島郵便局を通り過ぎ、缶コーヒーのお接待を受けながら道を尋ね尋ね歩くと、へんろ山道に入る。
暑い、汗だくだくで登る。
10:50
  沢がにも歩いている。道の横は沢が流れている。
 
サワガニ
11:30




 65番三角寺

 愛媛県最後の札所となる。

 大分の女へんろ阿南さんに会った。

 田村君から電話を受けた。

65番三角寺 

13:00

 脇建設のへんろ休憩所。札幌の大畑さんのお札が入れてあった。彼女の足は速い。何処まで行ってるかな。
13:35

 椿堂を過ぎ、国道192号境目トンネル(855m)を抜けると愛媛県菩提の道場とおさらば、香川県涅槃の道場に入る。

 が、地図上では徳島県の池田町だ。
 道沿いのうどん屋で大分の阿南さんがうどんを食っている姿が見える。

番外 椿堂

15:30

 「民宿岡田」(徳島県三好郡池田町)着。大分の阿南さんと二人だけ。 

ストーブが出てきた。冬の到来を感じる。

宿の主人は75歳くらいか?
「この宿を一人でやっている。妻は3年前に逝った、そろそろ止めたいと思うのだが・・・。」と。
二人くらいの客だけなら何とかできるかもしれないが、シーズンともなると大変だろう。
日曜という日がないし。
でも、このあたりには宿はここしかない。「おへんろさん」のためには頑張ってやって欲しい。
 
H15(2003).11.26(水)・・第32日目(くもり)・・28.3Km(44,000P)・・66番〜70番

「季節は変わる」

6:30

 「民宿岡田」
(徳島県三好郡池田町)スタート。

 阿南さんと二人だけでの登山。即、急登。2時間苦しむと

8:30

 66番雲辺寺

 地理的には徳島県だが涅槃の道場(香川県に入る)。この寺の五百羅漢は見事。
 
雲辺寺 山門

五百羅漢の前で
 へんろ山道を2時間下り、阿南さんと別れて
11:15

 67番大興寺

 気温は冬型、日陰はひんやり、寒い。季節の変わり目を感じる。
 
67番大興寺
14:00
 68番神恵院・69番観音寺

カヤの木 
 
68・69番の山門
 観音寺市街地を歩き、川沿いを歩くと
15:35
 70番本山寺

 弘法大師が一夜にして建てた寺といわれる。

70番本山寺 山門 

16:00

 門前の「一富士旅館」(三豊郡豊中町)投宿。
  
H15(2003).11.27(木)・・第33日目(くもり)・・33Km(39,000P)・・71番〜77番


「短くなった杖」

7:00

 「一富士旅館」(三豊郡豊中町)スタート。 
国道を歩く、へんろ道を歩く。
弥谷寺に向かって坂道をあえいでいると浜村君から電話「最近メールがないがどうしてる?」と。
9:35


 71番弥谷寺

 弘法大師が修行した寺だ。

71番弥谷寺 
     
大師はこの窓から明かりを取り修行したと
杖が約15センチ以上も短くなったので、この寺に納めた。15センチも短くなると扱いにも少々困る。
10:56
 72番曼荼羅寺

 ここでは女性のへんろが蒸し芋のお接待に金のお札をくれた。
 
72番曼荼羅寺
11:30
 
 73番出釈迦寺。 

 善通寺市の郊外に位置し、我拝師山に建っている。

大師が7歳のときに衆生救済の誓願を立てて山上から身を投げると釈迦如来が救いに出現したという伝説があると。

73番出釈迦寺 山門 
 
我拝師山
12:20
 74番甲山寺

74番甲山寺 
12:50
 75番善通寺

 弘法大師が誕生した地といわれる。

 境内は広大だ。

75番善通寺 
 
境内には大楠が
14:15
 76番金倉寺
 
76番金倉寺
15:25



 77番道隆寺

 つかれたー。ヤクルトのお接待。

 寺の数は今日が一番多かったのでは・・・。

 77番道隆寺

16:40

 「ビジネスホテルさくま」
(丸亀市富屋町)着。このホテル、おへんろには特別料金でお安くしてくれる。

H15(2003).11.28(金)・・第34日目(あめ)・・37Km(55,000P)・・78番〜82番


「モミジ」 
6:50
 「ビジネスホテルさくま」(丸亀市富屋町)スタート。
 
明け方の丸亀城
7:50




 78番郷照寺

 88ヶ所中唯一の時宗のお寺。


 町の中の道を歩く。街中だからへんろ道の案内がなくて尋ねたずね歩く。
 
78番郷照寺
9:30




79番高照院天皇寺

 崇徳上皇崩御の際、遺体を都に送るまでの10日間この寺の湧き水につけておいたと。
 天皇寺の名はここから。

 お接待100円、お接待お菓子。
 
79番高照院天皇寺
11:35




 80番国分寺

 お接待缶コーヒー。

 滑って転べばドロドロになりそうな、すごいぬかるみのへんろ山道を歩き。
 
白峰宮

 80番国分寺
14:00
 81番白峰寺
 
81番白峰寺
15:55
 82番根香寺

 もみじがきれいだった。

82番根香寺 
 
モミジ

H15(2003).11.29(土)・・第35日目(あめ)・・28Km(42,000P)・・83番〜85番


「あめ」 

6:50

 「旅館百々屋」
(高松市鬼無町)スタート。
9:10


 いやな雨の中、国道をドンドン歩いていると気がつけば、昨日参った国分寺。「エーッ、間違えてる」道行く人に尋ねて


 ようやく83番一宮寺

 8:00頃着いている筈なのに1時間以上のロス。雨の中でつらい。
 屋島の坂道をおよそ40分登って
 
83番一宮寺

13:20

 84番屋島寺
 お寺の横にはお宮さんがあり、タヌキが。
普通、明神さんにはキツネとしたものなのにここはタヌキだ。
ここのタヌキは四国のタヌキを統括しているそうだ。
 
屋島寺山門

おタヌキさん

H19天気の良い日に

H23.5.1

 ここで今夜のお宿を予約しようと思いケータイを架けても圏外で通じない。
山から下りて2軒のお宿に電話すれどもお留守のようだ。
今夜のお宿はあるかな?との不安な思いで歩いていると、「高柳旅館」が目に付いた。

15:00

 「高柳旅館」
(木田郡牟礼町)投宿。

 ここで今夜の宿泊をお願いし、荷物を預けて八栗寺へ。
15:30

 85番八栗寺往復。
 
八栗寺へ ケーブルの横の道を登る
今日は終日あめ。
メガネが曇る、あめがメガネに当たらないように頭を下げてうつむいて歩いていると視野が狭くなりへんろ標識は見落とす。道が分からなくなる。全く困ったことだ。
 
H15(2003).11.30(日)・・第36日目(くもり)・・28Km(51,000P)・・86番〜88番


「結願」(ケチガン)

6:50

 「高柳旅館」
(木田郡牟礼町)スタート。
8:40




 86番志度寺。 
納経時に「いよいよ結願です。今日が36日目です。」
と言ったら「40日でも早いのに40日を切るのは20歳代の若者だ。」
と感心された。
 
86番志度寺
 
志度寺 奥の院
10:25
 87番長尾寺

 さあ、最後は「女体」を征服して結願の大窪寺だ。
 
87番長尾寺

12:00

 前山ダム。

五輪の塔

来栖渓谷を横目に見て

岩場が続く

女体山(776m)

13:00

 女体山を登っていると地の人と思われる人が一人下りてきた。

 「ご苦労様、通しですか?いよいよ結願ですな。おめでとうございます。何日かかりました?」

 「36日かかりました。ウッ。」

 なみだが・・・。何故か涙が流れ落ちた。   女体山の頂上からドンドン下って
15:25






 88番大窪寺。 

さすがに参拝客がいっぱいだ。
ついに極めたね。
我ながらえらい、よくやった、
誉めてつかわすといった心境。

88番大窪寺山門 
 
結願の顔

16:00

 門前の「民宿八十窪」(大川郡長尾町)投宿。

H15(2003).12.1(月)・・第37日目(くもり)・・42Km(70,000P)・・帰着

「お礼参り」 

6:50

「民宿八十窪」(大川郡長尾町)スタート。 

1番から88番までお参りして、これでおわり。
と考えても良いらしいけれどマロは「四国一周」と考えていたので1番まで戻りたい。
そんなことで徳島の霊山寺を目指す。
1番までは殆ど大半が下り坂で大変楽らしい。

7:40

 カラスが集団で1羽のトンビを追い掛け回している。
トンビの咥えている獲物を狙っているのだ。トンビがかわいそうに思える。

徳島県に入る 

10:50

 切幡寺。風が冬型で冷たい。

11:45

 熊谷寺。

12:50

 往路お接待してもらった越久田さんの所へ立ち寄り、結願の報告を。

14:30

 地蔵寺。

16:30
  1番霊山寺。

 お礼参り、札幌の男へんろと昨日ウッとなった地の人と会えた。

 それぞれに握手をしてお互いを称え合った。

1番霊山寺 

17:07
 
 JR板東駅。

18:00

 南海高速バス。

20:00

 なんば着。

21:30

 帰着。 
 
帰心矢の如し、一気に帰ってしまった。

                  最後までお付き合いいただきありがとうございました。