6巡目遍路 
 
 
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1番霊山寺~14番常楽寺 2017.5.8~9
15番国分寺~19番立江寺 2019.8.7~9
75番善通寺~88番大窪寺 2015.10.9~11
2017.5.8~9(火) 1番 霊山寺~14番 常楽寺 
また、「おへんろ~~」と考えたらどうしても行きたくなって・・・ 

3:40
 自宅をWAKE でスタート。
今回は素直にまじめに参拝しようと思う。
昨今、老人の交通事故がよく報道されるので運転には特に注意して行こうと思う。

4:40
神戸を過ぎた頃から空は白んできた。
やはり、明るいと運転はし易い。
が、高速道を「徳島道」へ行ったのが間違いで「高松道」へ行かねばならなかった。 
 
6:55

コースを間違えたので、自宅から3時間あまりかかって1番霊山寺に着く。

お遍路は「発心道場」「修行道場」「菩提道場」「涅槃道場」と四道場に分かれる。
先ずは「発心道場」から・・・

正規の山門の横にある「発心門」、ちょっと気がつかない。

工事中とかで本堂の屋根は覆われていた

7:48

霊山寺ではゆっくり御経をあげたりしたので僅か1.2Km の2番極楽寺に着いたのは約1時間後。

朱い山門

日本ウオーキング協会も寄進している
 
8:20

3番金泉寺

弘法大師が訪れた際に、水不足解消のため井戸を掘ったところ、黄金井の霊水が湧出したことから寺号を金泉寺としたという。 

金泉寺山門

山門の仁王像 

8:55

4番大日寺

「打つ」:お寺に参拝することを「打つ」という。
昔、願い札はかまぼこ板のような薄い板に書いてお寺の柱等に「打ち付けた」事に由来する。


大日寺山門

貼り付けられた紙の千社札

9:20
 
5番地蔵寺

地蔵寺山門

大銀杏の木に何願う?
 
9:50

6番安楽寺。 

狩人が誤って弘法大師に放った矢を松の木が揺れて大師を救った。
大師はその松の木を逆さに植えて「この松が育つならば良きことあらん」と立ち去った。


安楽寺山門

さかさ松

10:17
 
7番十楽寺

このお寺で外人のアベックに出会った。
国際親善のため話しかけたら喜んで応じてくれた。
「ポーランドから来た。歩きとバスで20日かけてのおへんろだ」という。

十楽寺山門

ポーランドからのおへんろさん ポッチャリとかわいい!!

10:45

8番熊谷寺くまだにじ。 

このお寺の山門は四国随一の高さを誇る。
残念ながら山門とお寺の間に自動車道が走り、この山門は寂れてしまった。

江戸期の山門、13m

第2の山門

11:25

9番法輪寺。 

法輪寺
 
12:00

10番切幡寺。 

このお寺の参道、333段の石段をフーフー登っていると同じくフーフーの外国夫人。
この方にも話しかけた「日本語OK?」 「No Engrish Only 」
でも分かったことはドイツから来たそうだ。 6週間かけて通し歩きだと。

(生駒山宝山寺は約650段)

ドイツから一人で

13:10

11番藤井寺。 

四国の寺は全て「○○じ」と発音するが、ここだけは「ふじいでら」。
ここでは駐車料金300円取られた。

ここにも一組の外人アベック。やはりドイツから来たと言っていた。
「これから焼山寺へ参るという」
「4~5時間かかる。お気を付けて・・・」と励ました。 「Thank You 」。

藤井寺のフジ 

焼山寺まで遍路道12.9km

15:00
 
11番までは平地だったが、12番焼山寺は標高938m の山の8合目あたりにある。

「一に焼山 二におつる 三に太龍」と言われる遍路転がしのお山だ。
お寺の手前にはへんろの開祖、衛門三郎ゆかりの庵と像。

衛門三郎終焉の地 杖杉庵

衛門三郎と弘法大師像

このお寺でも外人夫婦がいた。
「どこから?」 「ドイツから・・・」
ドイツ人が多い日だった。
 
17:00

時間をかけてお山をおり、13番大日寺。 


境内には手を合わせた間にしあわせ観音
 
お寺の前には阿波国一宮

18:10

徳島市の大日寺から20数キロ離れた阿南市にある道の駅「公方の郷 なかがわ」でオネンネ。
  2017.5.9(火) 14番 常楽寺 

8:30
 
これから頑張ろうと14番常楽寺に着くと、雨が降ってきた。

境内の流水岩

天気予報では今日も明日も雨だという。
急に気持ちを削がれてしまって帰途に・・・

13:00 帰着。

今回のその他の写真集⇒ Sway でどうぞ 
2019.8.7(水)~8.9(金)  15番国分寺~19番立江寺 

長らく途絶えていたお遍路の続き、その前に祖谷渓のかずら橋も見てみようと・・・  

8月7日  かずら橋・琵琶の滝 

かずら橋

怖くって渡らなかった 

琵琶の滝  平家の落人が琵琶を奏で慰め合ったという

祖谷川の急流

8月8日 小便小僧~ 

小便小僧

気持ちいいかな? 

15番国分寺

本堂は工事中だった

16番観音寺 

観音寺山門

17番井戸寺 

井戸寺山門

井戸寺の井戸 
  
18番恩山寺は小松島市にある。

小山の中にあった

恩山寺 

19番立江寺は街中

この夏、少ない参拝客

弘法大師 

8月8日は徳島市の眉山にある“かんぽの宿徳島” に泊まり

  8月9日(金)帰途に着く。 

今回の写真集 
2015.10.9(金)~10.11(日)   二宮飛行神社~75番 善通寺~88番 大窪寺 

 急に思い立ちお遍路に行きたくなった。
既に5巡は結願しているが、先般74番甲山寺までWake で行っているのでその続きを・・・

 
14:40 淡路オアシスで小休憩

淡路鳴門自動車道から高松自動車道を走り、府中湖PAから一般道に下りる。
善通寺市へ向けて走っていると、まんのう町で「二宮飛行神社」という文字を見つけた。

先般カナダへ旅行するにあたり「飛行神社」に参拝したが、
「もしや?」と立ち寄ったところ案の定あの「二宮忠八翁」を祀っている神社だった。


世界初飛行の原理発見 

二宮忠八翁像と二宮飛行神社 

二宮忠八は、1866年(慶応2年)伊予国宇和郡八幡浜浦矢野町(愛媛県八幡浜市矢野町)に生まれた。
明治20(1887)年、忠八は21歳で徴兵され、丸亀歩兵第12連隊に入隊した。
その2年後、野外演習の帰り道のこと、仲多度郡十郷村(現在のまんのう町)もみの木峠で昼食をとっている時、
ふと霧の中から残飯を求めて滑空してくるカラスに注目する。
カラスは翼を広げ、羽ばたくことなくすべるように舞い降りてくる。
飛び立つときには何度か大きく羽をあおって、すぐに谷底からの上昇気流に乗って舞い上がっていく。
その様子を見ながら忠八は、向かってくる風を翼で受け止め、その空気抵抗を利用すれば、
翼を羽ばたかなくても空を飛ぶことができるのではないか、と考た。飛行原理の発見である。・・・


なんだか強烈な因縁を感じて、ここ道の駅「空の夢もみの木パーク」で一泊することにした。 
2015.10.10(土)   ~こんぴらさん~75番 善通寺~・・・~82番 根香寺
朝、善通寺に向けて車を走らせていると「こんぴらさん」に行き当たった。
普段日中なら観光客でいっぱい賑わっているところだが、早朝のため人影は殆どない。

琴平大芝居「金丸座」のそばに駐車して「こんぴらさん」にお参りする。

7:18 金丸座 
 
7:26 琴平町公会堂

参道に来ても殆ど人影はない。
タクシー(かご)に乗る人もいない。

 7:30 客待ちタクシー
 
7:49 参拝道

8:041 785段を登って御本宮・旭社 

8:13 下界はるかに讃岐富士 (天気は余り良くない)

御本宮まで来たが折角なので奥社おくのやしろまで行きたくなった。
 
8:17 旭社の右横から奥の社道へ
 
途中、電話器材の寄付(明治33年とあり)

8:28 白峰神社(崇徳天皇を祀っている) 

8:29 奥の社

奥の社を参拝して御本宮まで戻ってきて境内を散策する。

9:25  奉納額
 
神馬トウカイ・スタント号
 

9:45 登るころは人影が見えなかったのにこの時間になると観光客の姿が増えてきた。

こんぴらさんから善通寺へ向かう。
途中、護国神社を見かけたのでちょっと立ち寄る。

10:26 護国神社 
 
資料館館内には東郷平八郎のあの
「皇国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよ」

 護国神社から善通寺へ歩く。
 
10:56 75番善通寺
 
五重塔

ここ善通寺は弘法大師の誕生地だ、というだけあって境内も非常に大きい。
本堂と大師堂は境内の両端にある。

境内の一歩外はお祭りの神輿 
 
大師堂

善通寺から76番金倉寺へ移動。

12:13 76番金倉寺 



 
乃木将軍妻返し松

明治31年10月3日、乃木将軍は善通寺第十一師団長に補任されました。
妻が東京から来ても会わずに返したとか・・・

12:13 77番道隆寺 
 
13:21 78番郷照寺
 
14:32 79番高照院天皇寺
 
天皇寺と隣り合わせの崇徳天皇社

このあたり、崇徳天皇(第75代)に係わるところがいろいろある。
今朝のこんぴらさん奥社の白峰神社、ここ天皇寺、これから行く白峰寺には御陵まであるよ。


15:02 80番国分寺 
 
仏足石

 
15:59 81番白峰寺

白峰寺本堂横のほうに崇徳天皇陵 

時間も納経時間に迫ってきたので般若心経もそこそこに次の根香寺へ急ぐ。

16:25 根香寺の「牛鬼」 
 
82番根香寺

昔、青峯山には人間を食べる恐ろしい怪獣、牛鬼が棲んでいました。
村人は、弓名人山田蔵人高清に頼み退治してもらうことしました。
しかし、高清が山へ入れど、なかなか牛鬼が現れません。そこで高清は根香寺の本尊に願をかけました。
すると21日目の満願の暁に、牛鬼が現れ口の中に矢を命中。
逃げる牛鬼を追うと2kmほど西の定ヶ渕で死んでいるのを発見しました。
高清は牛鬼の角を切り寺に奉納。その角は今でも寺に保存されています。


今日のお宿は道の駅「香南楽湯」。
 
2015.10.11(日)   83番 一宮寺~・・・~88番 大窪寺
   
香南楽湯の駐車場には全国からのキャンパーが大勢いた。

6:45 レトリーバー3頭と一緒に寝ていた夫婦もいたよ 
 
7:45 
83番一宮寺

8:43 屋島神社へ
 
屋島神社

屋島神社の駐車場に駐車して、さて屋島寺への登山道はどこだろう?
と迷っていると地元の3人組がハイキングにやってきた。
道を尋ねると途中まで一緒に行ってやろうと案内してくれた。

9:03 親切なお三方 <北原さん上村さん??さん(78才)>

整備された登山道
 
 
食わずの梨 の地

 不動明王

その昔弘法大師が屋島寺に向かう途中、喉の渇きに耐えかねて、
この地で梨の実の収穫作業を していた農夫に梨の実を1個所望したところ、
「硬くて食べられない梨だから」と言って 断られてしまった。
その後、その梨の実は本当に硬くなり、食べられなくなったという伝説がある。


みなさん、「嘘」をついてはいけませんよ。
「恵み」を惜しんではいけませんよ。
 
9:50 84番屋島寺山門

蓑山神社

その昔、あるタヌキが矢傷で死にかけたところを平重盛に助けられ、恩義から平家の守護を誓った。
その子孫が太三郎狸といわれる。
平家の滅亡後は太三郎狸は屋島に住みつき、屋島に戦乱や凶事が起きそうなときはいち早く屋島寺住職に知らせたといい、
そうした経緯で太三郎狸は屋島寺の守護神となった。・・・・

   
山門の軍神 
 
しばらく散策して下山する


11:38 85番八栗寺へ向かう 
 
鳥居の横にはケーブルがあるが歩いて登る

途中、これは?
想像力の逞しい人⇒「・・・」 
想像力の素直な人⇒「・・・」

新しく出来た 出迎え大師像

 

本堂横から下界を望む
讃岐の国の特徴的なお椀を伏せたような山々(曇り空で見通しは悪いが)
 
下山途中の 今にも倒れそうな灯籠

殆ど下ったところでお接待所の奥さんが声を掛けてくれた。


13:09 お接待所「仁庵」 
9年前から始めたという
 
ピンクのはシソのゼリー
甘くておいしかった 疲れが吹っ飛んだ

八栗寺から市中に下りて次の志度寺に向かっているとお巡りさんが大勢で交通整理。
交差点ではお祭りの神輿が賑やかに・・・

車内から撮影 

志度寺に着くと駐車場は工事中で寺への入り口はどこか分からない。

 古跡 海女の墓
 
14:10 86番志度寺

天武の昔、淡海公が
藤原不比等は、唐の高祖妃から送られた面向不背の玉が、志度沖で竜神に奪われたため、
身分をかくして都から志度の浦を訪れ、純情可憐の海女と恋仲になり一子房前が生れた。
淡海公から事情を明かされた海女は、瀬戸の海にもぐり竜神とたたかい玉を取り返したが、竜神のため傷つき真珠島で命を果てた。
後年大臣となった房前は僧行基を連れて志度を訪れ、千基の石塔を建てて母の冥福を祈ったという、殉愛悲恋のヒロイン海女の墓である。



14:20 87番長尾寺 

五重塔 

長尾寺から結願寺大窪寺に向かう。
途中おへんろ交流サロンへ立ち寄り前山ダムを見て・・・

15:10 おへんろ交流サロン
 
前山ダム(歩き遍路はここから女体山へ向かう)


15:40 88番大窪寺山門 

大窪寺本堂 

本堂の裏山が女体山 登りたいがもう疲れたので・・・ 

 空海幼名真魚まお

納経所で朱印をもらったのが16時過ぎ。
元気と時間があればあの女体山を征服?したかったのだが・・・

そのまま車を走らせて20:30帰着。

 今回の写真集(Picasa)
https://picasaweb.google.com/108149968424685957808/151009