京都・三弘法まいり   (東寺~仁和寺~神光院)
「四国八十八ヶ所巡礼に旅立つ前に、東寺で菅笠、仁和寺で金剛杖、神光院で納札箱を授かり道中安全を祈願し、結願の暁にはまたお礼参りをしたとされる三弘法まいり」 と言うことをSさんに教えてもらい、2013.12.11早速巡拝した。

 東寺 朱印

仁和寺 朱印
 
神光院 朱印
8:20 自宅スタート。

10:00

東寺着。 東寺は真言宗の総本山で開基は桓武天皇。

金堂

金堂から五重塔
 
五重塔

朱印を頂戴し、菅笠のミニチュアを求める。

10:40

東寺から九条通りを西へ少し進むと、羅城門のあとがあった。

羅城門跡 
 
羅城門跡
11:02
 九条通りを更に進みJRをくぐっていくと、八条のあたりに若一神社があった。

平清盛公、六波羅在住の頃、此の地は浅水の森と称し風光明媚なる処、 承安年中此の地に別邸造営在住す。西八条御所と唱えり。
 
若一神社
11:40
 八条の若一神社の先から天神川通りに沿って、北進する。

途中、お腹がすいたので喫茶店に飛び込む。

天神川 
12:42

12:54

昼食後更に北上し、双ケ丘を見ながらJRをくぐり、嵐電をくぐったあたりから方向感覚が分からなくなり頭の中がグルグル状態。
 
双ケ丘

JR花園駅 
12:59



 尋ね尋ね行き着いたのが、妙心寺。

広大な境内を持つお寺だ。

そのお寺の境内を突き抜けると・・・
 
妙心寺
13:21



ようやく仁和寺。 ここでは朱印と金剛杖のミニチュアを求める。
光考天皇の遺志を受け継いだ宇多天皇が仁和4年(888年)に創建した真言宗御室派の総本山。
応仁の乱で伽藍(がらん)の多くを焼失するも、江戸時代に入り徳川幕府により再建。
皇室とゆかりの深い寺で、出家後の宇多法皇が住居として使っていたことから、別名「御室御所(おむろごしょ)」とも呼ばれていた。


 仁和寺 仁王門
 
吽像
 
阿像

仁和寺の正門にあたるこの仁王門は、徳川幕府3代将軍・家光が建立したもの。
左右に金剛力士を安置した朱塗りの堂々たる楼門だ。知恩院の三門、南禅寺の三門とともに、京の三大門に数えられる。


五重塔

金堂

御室の桜

 仁和寺を終え、きぬかけの道を北へ向かい金閣寺の前を通る。 
修学旅行生や外人客も賑やかだ。

元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。

金閣 鹿苑寺

修学旅行生

庭のコケ
 14:45
 金閣寺のはずれでまた道を間違えた。

そのお陰で三条天皇陵に参拝できたが・・・
 
三条天皇陵
 
三条天皇陵
 
16:00

三条天皇陵から山道のような人気のないところで、どっちへ行ったらよいのかフーラフラ。
ようやく捕まえた道路工事の人に尋ねて、千本通りに行き着いた。
千本からはやはり北上して船岡東通を進んだら神光院に着いた。

この寺は時間が遅いこともあろうが、人気は全くない。
住職さんも呼び鈴で知らせる。 朱印と納札箱のミニチュアを貰う。
 
神光院本堂
 
庭園
 16:20




 神光院から少し東へ行くと賀茂川だ。

賀茂川を下り、堀川通りをドンドン下ると京都駅に着くはずだが・・・

雨がポツポツ当たってきたし、足のほうも棒状態になってきたので、これを言い訳にバスに乗る。

賀茂川 
 19:45 帰着。 
   本日の総歩行数:約 38,728 歩。